• テクノロジー
  • ソーシャルメディア

サイバーパンク的施設、通称「スマホ農場」によるアドフラウド(不正広告)被害

2025.09.30
サイバーパンク的施設、通称「スマホ農場」によるアドフラウド(不正広告)被害

1. アドフラウドの被害

A. 広告領域における世界レベル損失

デジタル広告市場で起きている不正(通称アドフラウド)は、単に広告費がムダになるという話ではありません。企業が苦労して集めたデータや、これから投資するAIの精度を根底から狂わせる、マーケティング活動全体に関わるリスクです。この不正は世界的な裏のインフラによって支えられており、その現状と対策を理解することは、予算責任を持つマーケターにとって必須の知識となっています。

デジタル広告は巨額の資金が動き、取引の仕組みが複雑で不透明なため、悪意を持った事業者にとって非常に魅力的な標的となっています 。アドフラウドは、広告主、メディア、アドテク企業が共通して直面する最大級の課題の一つです。   

世界規模で見ると、アドフラウドによる損失は2022年に810億ドルに達し、2023年末までには1,000億ドル(約15兆円超)に増加すると予測されています 。この途方もない損失は、デジタル広告の費用対効果の効率性を下げています。   

特にアドフラウド率はアジアやアフリカの新興市場で高い被害率を示す傾向がありますが、米国など先進国でも深刻な不正が起きています。

特にデジタル広告では、不正行為者側が以下のような高度な手口を活用しています。

  • アプリインストールファーム
    不正なアプリインストールを大量に生成
  • クリック・スパム
    ユーザーが気づかないうちにクリックを発生させる
  • クリック・インジェクション
    アプリインストール直前に不正なクリックを挿入し、成果を横取りする

B. 日本市場における1,510億円超の損失

株式会社Spider Labsが公開したアドフラウド調査レポート(2025年版)によると、国内の推定アドフラウド被害額は前年比194億円増の1,510億円超に達しています 。この巨額の資金流出は、広告予算が不正なクリックやインプレッションに浪費されていることを意味し、広告主はすぐにでも不正防止リソースの再配分を検討する必要があります。   

また、特定の業種が高いリスクに晒されており、P-MAX(広告自動入札機能)の悪用や、社会問題化している「闇バイト」が絡む最新の不正手法など、より複雑な技術が用いられていることが指摘されています 。   

2. スマホ農場のビジネスモデル

アドフラウド領域で問題となっているのが、世界各地で稼働している通称「スマホ農場」です。Phone box、Mother board box(基盤農場)、Click farm(クリックファーム)などとも呼ばれます

YouTubeやTikTokで検索すると、おびただしい数のスマホやマザーボードを並べたスマホ農場の様子を見ることができます。デバイスや基盤が所狭しと並び、スクリーンには接続された数百以上のスマホの画面が並んでいるその様は映画マトリックスを彷彿させます。

ここでは、スマホ農場のビジネスモデル、そしてマーケティングにもたらす具体的な被害を解説します。

A. スマホ農場(クリックファーム)とは何か?:物理的な不正の工場

スマホ農場とは、大量の低賃金労働者と大量のスマホを調達し、意図的に広告をクリックさせたり、ソーシャルメディアのエンゲージメント(「いいね」やフォロー)を水増ししたりする不正行為の拠点です 。   

ビジネスモデルと収益構造

スマホ農場のビジネスモデルは、主に開発途上国(中国、ネパール、インドネシア、フィリピン、バングラデシュなど)における低賃金労働・安い光熱費を利用した地域で発達しています。   

オペレーターは、労働者に対して1,000件の「いいね」やフォローに対して平均1米ドル程度を支払い、その成果を遥かに高い価格で販売することで、高い利益を上げています 。   

不正に生成したエンゲージメントの販売価格として、あるスマホ農場の首謀者は、1,000「いいね」あたり15ドルを要求していた事例も報告されています 。   

大量のスマホを集積させた「農場」

オペレーションは、数百台の携帯電話と数十万枚のSIMカードを一つの場所に集積して行います。例えば、2017年にタイで摘発されたスマホ農場では、数百台の携帯電話と約35万枚のSIMカードが押収されています 。 

B. スマホ農場の問題:正規ユーザーを装う不正とデータ汚染

スマホ農場による不正が深刻な問題となるのは、そのトラフィックが自動化されたボットによるものと区別しにくい点にあります。

1. 正規ユーザーの行動を模倣する

これらの労働者は、不正を働く人の指示に従ってリンクをクリックし、ターゲットとなるウェブサイトを一定期間サーフィンし、場合によってはニュースレターにサインアップするといった、実際の正規訪問者と寸分違わぬ行動をとります 。このため、一般的な自動化フィルターでは、このシミュレートされたトラフィックを偽物だと検知するのが非常に困難になります 。   

2. マーケティングへの具体的な被害

スマホ農場は、主に以下の2つの方法でマーケティング予算とデータに深刻なダメージを与えます。

  • 広告予算の不正浪費(アドフラウド):スマホ農場は、ウェブサイト上のクリック数やトラフィックを水増しすることで、パブリッシャーが不正な広告収入を得るアドフラウドのために利用されます 。これにより、広告主が支払った広告費が、真の顧客に届くことなく不正なクリックによって流出し、日本の市場だけでも   1,510億円超 という巨額の損失につながっています。   

  • データ汚染とROIの低下: 不正なクリックやコンバージョンデータが、企業のマーケティング分析モデルやデータプラットフォームに入り込むことで、AIの精度やキャンペーンのROI計算を狂わせます 。   

C. 不正手口の進化:AIを欺く「ハイブリッド」攻撃

初期のスマホ農場が単純な人間の作業に頼っていたのに対し、現在は、アドテク業界の防御技術に合わせて戦略的に適応しています。

ハイブリッド攻撃への移行

現在、不正行為者が採用している最も巧妙な手法の一つが「ハイブリッドモデル」です。これは、悪意のあるボットによる攻撃と、スマホ農場労働者による人間の作業を組み合わせたものです 。   

たとえば、ボットが大量のID/パスワードの試行を行う一方で、reCAPTCHAやその他のステップアップ認証など、ボットでは解決できない認証課題を、人間の労働者が「ソルバー」として解決するために利用されます 。   

この高度な適応は、不正防止戦略が、自動化されたアルゴリズム検出だけに依存している限り、もはや不十分であることを示しています。不正との戦いは、今や、低コストのグローバルな人間労働力プールと、高度なアンチフラウドAIとの間の競争となっており、技術的解決策だけでなく、業界のルールとガバナンスによる介入が不可欠です。

クリックファーム・エコシステム:現場の仕組みと運営規模

運営主要な特徴
主な拠点

開発途上市場(中国、インド、タイ、フィリピン、バングラデシュなど) 。   



労働報酬モデル

1,000アクションあたり約1米ドル 。   



攻撃手法

ハイブリッドモデル(ボットによるボリューム + 人間による認証回避) 。   



インフラ展開

数百台の携帯電話とSIMカード(例:35万枚のSIMカードが押収) 。