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推し活流行の背景にある日本社会の病理①:コミュニティのゆるふわ感とお酒離れ

先崎彰容氏が考える日本社会と推し活の関係性
筆者は自炊をすることが多い。料理というものは30代くらいの男性が筋トレにハマるのと似ていて、やれば結果が出る、という自己肯定感を得やすい趣味である。そして美味しい。なので、運動が苦手な30代男性の筆者からすると筋トレに代わるコスパの良い趣味である。
そのとき、料理をしながら垂れ流しているのはYouTubeのPIVOTチャンネルである。PIVOTで政治経済系のニュースをラジオのように「ながら聞き」し、料理をするのが筆者のナイトルーティンである。
先日、そのPIVOTにて思想家の先崎彰容氏が現代の日本社会と推し活の関係について以下のように論じていた。
【日本とは何か?西郷隆盛、本居宣長、福澤諭吉の日本論】情報革命と明治維新/福澤が警告した極端主義/現代の破壊的な孤独/アメリカの国家像/本居宣長ともののあはれ/自己啓発の病/恋愛と和歌【先崎彰容】|PIVOT 公式チャンネル
現代社会では、企業や家族、地域社会といったこれまでの中間的なつながりが弱まり、個人が孤立している。
この孤独な社会で、日本人は「君は何者か?」「自分の意見は何か?」「自分は何のために生きているのか?」といった、自己を問う問いが個人に突きつけられている。
このような状況下で、人々は自己実現の手段として「推し活」に熱中している。これは、誰かを応援することによって、その人の成功を自身の成功と重ね合わせ、孤独を埋めようとする行動である。
推し活が急速に広まったのは、推しを応援するプロセスに「参加感」があるため。これにより、孤独な個人でも社会やコミュニティの一部であると感じられるようになる。推しを通じて社会の中に自分を「包摂」する(位置づける)ことが可能になる。
日本で急速に広まった推し活は、アメリカのトランプ支持者のような熱狂的な支持と本質的に似ている。誰かへの熱烈な支持を通じて、自分の存在意義や社会とのつながりを再構築しようとしている点が共通している。
※上記はNotebookLMとGeminiにサマリーしてもらいました。
これが推し活のすべてを説明しているか、というとそうではないだろう。しかし、非常に核心を捉えた強い意見だと感じる。
アノミー(無規範状態)が強まる日本
今日の日本社会にうっすら流れる孤独感や個人のアイデンティティの喪失感を何と呼べばいいのだろう、と思い調べると19世紀のフランスに似たような言説があった。エミール・デュルケームという社会学者が提唱したアノミー(無規範状態)である。
アノミーという概念が提唱された19世紀末のフランスは、産業革命の進展と社会の近代化が急速に進んだ頃である。産業革命による都市化が起き、労働者階級が出現すると、伝統的な共同体が希薄化していくのである。そして多くの労働者が集まった都市部は治安が悪化していく。この社会的な混乱をデュルケームは、無規範状態(アノミー)と定義した。氏はこの無規範状態が自殺率の増加といった社会病理の原因であると論じたのである。
この事象はごく最近始まったものではないと思うが、少なくともここ10-20年、日本社会の通奏低音に確かに流れている。今日の日本に孤独感とアイデンティティクライシスという病理が発生していることを説明する事象はぱっと私が思いつくだけでも複数ある。
- 若者のお酒離れ
- 就職活動と自己分析
- MBTI(16 Personalities)流行
Z世代・若者のお酒離れ
少子高齢化なので、当然マクロ的には若年層の飲酒市場は縮む他ないし、一昔前の日本人が酒を飲みすぎていただけなような気もするこのトレンド。ソーバーキュリアスという、若者が「お酒を飲まないことを選択する」傾向が世界的にも見られている。Z世代はいま、「酔う」ことを求めていないのである。
確かに、よくよく考えるとお酒の味自体は美味しいとは言えない。「嗜好品として美味しい」といったところなので、「酔い」が不要であれば自然とZ世代はお酒を選択しないだろう。
筆者は、ここに新たな視点を加えたい。日本のZ世代がお酒を選ばなくなったのはコミュニティが希薄化・流動化しているからである。
一昔前の日本社会におけるコミュニティの特徴は「血縁」「地縁」「社縁」である。簡単に言うと、家族・親戚のつながり、地域・住民のつながり、会社内のつながりである。これらのコミュニティに共通する要素は逃げ場がない、ということである。親戚付き合いも地域会も終身雇用の会社も、自らを切り離すことが難しい時代があったように思う。
どうやら、人は逃げ場がないと酒をやたらと飲むらしい。苦手な人、興味がない人、警戒している人がいようとも、逃げられないの環境下で、人は関係を潤滑するために酒を飲む。酔って一体感をもつことでコミュニティを半ば無理やりに確立するのである。
今日、このコミュニティは3つすべて弱体化ししていることに注目したい。では、今のZ世代のコミュニティにどのような特徴があるか?筆者が若者の研究所の学生と話していて感じるのは「ゆるふわ感」である。「いつでもログイン・ログアウト可能」「いつでも入退室可能」と言うこともできる。
サークル、部活、アルバイト、ゼミ、インターン、クラス、高校、中学校、小学校、オンライン、趣味・・・。Z世代が所属するコミュニティは本当に多い。私が観測した範囲だと、むこう1カ月間、毎日カレンダーの予定が埋まっている多忙な大学生もいる。正直言って、私より忙しいので脱帽ものである。
なぜこれだけのコミュニティに参加できるのか?何がZ世代を多コミュニティへ参加可能とさせているのか?これを説明する事象がコミュニティのゆるふわ感、ログイン・ログアウトご自由に主義である。単純に、彼らは一つ一つのコミュニティに同じように時間や意識を割いていない。ほとんどのコミュニティはそこそこの参加頻度で、2-3個のコミュニティには強めにコミット、という感じ。濃淡をつけているのである。相手に不快感を与えないよう配慮しつつ、自らが限られた時間の中で最も楽しい瞬間を最大化するために優先順位をつけている。これを若者言葉で「タイパがよい」と言う。
Z世代と仕事で接する読者の中には「Z世代は冷たい」「組織への関与率が低い」と感じられている方も多いだろう。これは残酷だがZ世代に限られた時間の中で「優先順位をつけられている」ということに他ならない。Z世代は合理的だ。
コミュニティがこれだけ流動化し、「界隈」として入退室ご自由になると、当然酒を飲って酔う必然性は薄れていく。実際に、いまのZ世代の飲み会に行くと、乾杯は全員ビールではないし、各々ビール、ハイボール、レモンサワー、カクテル、ソフトドリンクを頼んでいる。乾杯のドリンクがみんな違うので、ドリンクが卓に提供されるまで結構時間がかかる。乾杯という一体感をつくる儀式の意味合いも薄れていく。入退室可能なコミュニティには、一体感がそこまで重視されていないのである。重要なのは一体感ではなく、居心地である。
コミュニティという観点からZ世代を見つめると、「お酒離れ」「タイパ」「界隈」といった言葉の意味合いがよくわかるだろう。
話は「孤独感」に戻る。結果として、古くの血縁・地縁・社縁の拘束力に対して、現代コミュニティは一つ一つの中でのつながりは弱い。自らもログイン・ログアウト、他人もログイン・ログアウトする。多くの出会いもある分、別れもある。自分が気に入った同性でも異性でも、相手にもたくさんのコミュニティがあるので、自分に時間を割いてくれるかはわからない。ここが問題である。このコミュニティの流動性が孤独感に繋がっている。
そこで「若者よ、お酒を飲め」ともならないのが現代の日本社会の難しさである。お酒に代わるコミュニケーションツールの一つが「推し活」なのだろうと筆者は考えている。
推し活には「参加感」がある。ファン同士で情報・グッズ・チケットを融通しあったり、投票といった形で、ファンダム(ファンコミュニティ)を形成している。当社の従業員には、SNSでファン同士でつながって友達をつくった子もいる。これは、現代において孤独な個人に「参加感」「所属感」をもたらす。好きなものが同じである、というのはコミュニティの居心地を劇的によくするのだ。昨今、人の趣向は異様に多様化しており、共通の趣味を持てるということは珍しい。アルバイト、ゼミ、インターン、クラス、高校、中学校、小学校、といったコミュニティではみんな服装の趣向が違うし、趣味も異なる。「推し活」はその趣味・趣向の変数の中でも大きなカテゴリーであり、非常に強力なコミュニケーションツールなのだと筆者は感じている。
どうやら、若者が孤独感を紛らわせるには、酒を飲むよりアイドルを推した方がよさそうである。
長くなりすぎたので、「就職活動と自己分析」「MBTI(16 Personalities)流行」の話はまた今度に。
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筆者 | 石崎 健人
Consumer Market Intelligence