インサイトはエビデンスか?両者の関係性を改めて整理

2025.09.25
インサイトはエビデンスか?両者の関係性を改めて整理

インサイトに対する誤解

昨今、マーケターでインサイトという言葉が誤って使われているケースが増えていると思います。インサイトという言葉の誤用が増えている、ということはインサイトという言葉が普及していることの裏付けになると思います。インサイトはマーケティングにおいて非常に重要なコンセプトですので、コンセプトが普及していること自体を筆者は肯定的に見ています。一方、より高い成果を求める読者の皆様には言葉の定義を厳密に理解し、日々のマーケティング業務に役立てていただきたいと思っています。

大前提:インサイトはエビデンスではない

そもそも、マーケティングやマーケティングリサーチにおいて、「インサイト」はエビデンス(証拠)ではありません。むしろ、インサイトは、エビデンスを分析・洞察することで導き出される「結論」や「仮説」に近いものです。

インサイトとエビデンスの違い

  • エビデンス(Evidence)

    • 意味: 

      • 事実、証拠、データ。

    • 具体例: 

      • アンケート結果:「この商品の満足度は80%だった」

      • インタビューの回答:「この商品はデザインが好きだ」

      • 購買データ:「20代女性の購入率が高い」

      • 行動観察記録:「ユーザーはAという操作に手間取っている」

  • インサイト(Insight)

    • 意味: 

      • 洞察、本質を見抜くこと。

      • マーケティングにおいては、消費者自身も気づいていない、行動の背景にある無意識の動機や欲求

    • 役割: 

      • エビデンスを深く掘り下げ、なぜそのような行動や意見に至ったのかという「Why」を解明し、新しい製品開発やマーケティング戦略の出発点となるものです。

インサイトはエビデンスや仮説の積み重ねから導出されたもの

インサイトは、本来、複数のエビデンスを総合的に分析し、担当者の深い洞察によって導き出されるものです。消費者自身も言語化できていない無意識の欲望を捉えるため、単一のデータだけでは証明できません。

例えば、「なぜこの商品が売れているのか」を調べる場合、以下のようなステップを踏みます。

  1. エビデンス収集(事実の確認):

    • アンケートで「デザインが良いから」という回答が多かった。

    • インタビューで「持っているだけで気分が上がる」という発言があった。

    • SNSで商品の写真をアップするユーザーが多かった。

  2. インサイト導出(洞察):

    • これらのエビデンスから、「単にデザインが優れている」だけでなく、この商品を持つことで「自分はセンスが良い人間だ」と周囲に認められたいという、消費者の承認欲求を満たしているのではないか、というインサイトを導き出す。

このインサイトは、誰が見ても同じ結論になる客観的な事実(エビデンス)とは異なり、マーケティング担当者の経験や知見、そしてデータの多角的な分析から生まれる「解釈」「洞察」「仮説」です。

そもそも、実務的にはエビデンスではなく「エビデンスらしきもの」で積み上げることの方が多いと思います。マーケティングリサーチはアカデミックな研究ではなく、事業推進のために活用するものです。よって、仮説を積み上げたエビデンスらしきもの、それに基づいたインサイト、それを拠り所にコミュニケーションコンセプトや、広告を開発します。よってエビデンスと言えるような確からしい事実にこだわりすぎることは不要です。

そもそもインサイトを捉えなくてもモノは売れる

また、「商品が売れた=インサイトを掴んでいる」とは限りません。インサイトのクオリティが低くてもモノが売れるパターンは往々にしてあります。

  1. 競合が不在
    市場にライバルがいない場合、顧客は選択肢が限られるため、自社の製品が多少不完全でも購入する可能性があります。この場合、製品の強みがインサイトに基づいているというよりは、単に「他にないから」という理由で売れています。

    以前、私はベトナムのハノイに駐在している日本人の方にお話を聞いたことがあります。日本のスーパーに行けば乾麺のうどんは様々なバラエティがあります。一方で、ハノイの日系スーパーに行くと乾麺のうどんは一種類しか陳列されていないのだそうです。この方がうどんを食べたいとき、ハノイでは選択肢がないのでそのうどんを買わざるを得ません。

  2. 価格競争力がある(安い)
    他社製品と比べて圧倒的に価格が安い場合、顧客は機能や価値ではなく、金銭的な理由で選ぶことが多いです。これは価格が購買の動機であり、深いインサイトとは異なる場合があります。

    例えば、毎日使う歯ブラシであれば品質の良いものを選びたいものです。しかし、急遽外泊することになるコンビニで歯ブラシを買うとしましょう。翌日その歯ブラシを持ち帰ることはあまり考えないはずです。よって、歯ブラシは使い捨てのしてもいいような安いものを買うでしょう。「歯を1-2回だけ磨く」だけであれば、一番安いものを買いたくなりませんか。

  3. トレンドに合致
    社会的な流行やメディアの影響で、一時的に需要が高まることがあります。この場合、製品が顧客の潜在的な欲求を満たしたというよりは、流行に乗った結果として売上が伸びているに過ぎません。トレンドが去れば、売上は急降下する可能性があります。

    これもよくある話ですが、「人は、みんなが欲しいものを欲しがる」傾向があります。多くの異性から好かれる男性は、さらに多くの異性を惹きつけます。周りのみんながiPhoneを使っていれば、自分も自然とiPhoneを買いたくなるものです。ラブブが流行ると、あなたもラブブが欲しくなります。

  4. 強力なプロモーション(単純接触効果)
    莫大な広告費を投じたり、インフルエンサーを起用したりして、製品の認知度を強制的に高めることで売れるケースです。これは顧客のインサイトを突いた結果というより、露出による勢いで売れていると考えられます。

    短期的に・局所的にトレンドを疑似的に作り上げているような状態です。また、「人は何度も同じ広告・商品に接すると、そのモノに対して好意度を高く抱く傾向」があります。これを単純接触効果と呼びます。

「これはインサイトを掴んでいる」と確信するには?

一方で、インサイトを掴んでいる場合は、定量調査や定性調査をかけると以下のような表面的な特徴があるはずです。

  • 継続的な売上(高いリピート率)

    • 一過性のブームではなく、長期にわたって安定した売上が見込めます。

  • 熱狂的なファン(高いロイヤルティ)

    • 価格や利便性だけでない、製品への強い愛着を持つ顧客が増えます。

  • 自然な口コミの発生(高い推奨意向)

    • 顧客自身が、その製品の価値を自発的に他者に伝えたいと感じるようになります。

単に「売れた」という事実だけでは、その成功が偶然か必然かを判断するのは難しいものです。一方、売上が持続し、顧客から熱心な支持を得られている場合は、マーケティング活動の背後に強力なインサイトが存在する可能性が高いと言えるでしょう。


インサイトの発掘には、これらの要素の背後にある生活者の動機を定性調査で深堀していきます。この商品や広告の何があなたに刺さったのか?という表面的な意見だけでなく、周辺情報、非言語情報などからその個人の「無意識の欲望」を炙り出していくのです。

筆者 | 石崎 健人

Managing Director 代表取締役
Consumer Market Intelligence
慶應義塾大学卒業後、外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。
Weiden HausのFMCG、Luxury、Technologyのリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。